マウントを取る人取られる人。解決するには人と比べるのを辞めること

どうも、マウントとったりとられたり ゆーくすです。

ここで言うマウントを定義すると、”言葉で相手より心理的に優位に立つこと”とでも言いましょうか。

マウントとっている時は気持ちよく、とられているときは嫌な気分。

客観的にこの状況を見るとマウントとっている時はただただ自分勝手で、とられている時は相手より自分に自信がない時。

どっちにしても、いびつな心の状態な気がする。

マウントとるのも取られるのも精神衛生上よくない。だから辞めよう。

そんな個人の心理の推察です。

マウント取る時の心理

マウントを取れば気持ちいいけど、そもそも何故マウントを取ろうとするのか?

そこには基本的に自分の自信のなさを相手を下げて埋めようとする心理があると思う。

だからマウントを取っている時は言い返してこない相手か、無意識かもしれないが「自分より(考えや立場が)下だ。」と思っている相手に限られる。

逆に言えば、ある点または全てにおいて、その人より上と感じる時に限ってより強く発言している。ただの傲慢。

言ってしまえば人によって180度態度を変えているということ。気持ち的な事なので多少の差はあれど、この点においては冷静に見ると恥ずかしい。ダサい。卑怯。

何も聖人のように平等に振る舞いたい訳ではないけど、人を下げて自分が上がるとかやっぱヤメたい。

当人の実力は変わらないのだから。

マウントの世界は競争社会

仕事ではライバル会社にマウント(優位)を取るために頑張ればいいけどプライベートでこれをしてしまうとただただしんどい。

あいつよりは上、あの人よりは下と無意識的に決めて行動することになる。

無意識の内に周りの全員と競争することになりかねない。

できれば、その意識からはなれて「自分は自分」と強く生きる為の芯をもちたい。

ビジネスや利益を取るためのマウントはあり

自然界では自分の力を誇示して命の為に上にたつのは当たり前と言えるのかもしれないけど、人間界の自分の自信のなさを埋めようとするマウントと自然界のそれでは話が違う。

自然界で言うところの王者になるためのマウントを人間界に当てはめるとビジネスでのマウントが当てはまるのではないでしょうか?

食べるために、資本主義で勝つためにビジネスで優位を取る。当たり前ですね。

プライベートでのマウントはなし

無意識に自分の自信のなさを埋めるようなマウントは自慰的な意味合い以外はないことが多い。

このことの問題は建設的な話や楽しい会話になることは無く、ただ相手を打ち負かすディベートの様な議論になる事があること。コミュニケーションが一方的になりかねない。(ディベートでもSNSでたまに見られるような相手の意見を深く炙り出し、議論を呼び起こすメリットモあるといえるけど)

マウントを取られる側としては戦うつもりもないのに、いつのまにかリングに上げられてタコ殴りにされて嬉しい訳が無い。

マウントを取る人は負けず嫌いと言えば聞こえはいいが、そんな人は常に競争しながら生きている人でもあるということです。

これをプライベートでやるとうざいだけ。避けられて終了です。

マウントを取る代わりにユーモアと優しさを

プライベートも仕事も競争して常に上に立ちたいという人はマウントの取り合いをしていればいいが、自由に気楽に生きたい人も大勢いる。

僕はプライベートでは競わず楽しく過ごしたい。

だからマウントを取りそうになればユーモア(笑い)と優しさをお返ししたいと思う。

自分が知らぬ間にマウントを取りそうになれば優しさで相手の話を聞き、意見を尊重したり、親切なアドバイスと笑いを与えたい。(受け入れられなくても気にしないし、独りよがりになっていなければOK)

マウントを取られている時

自分が少し弱っている時、相談した相手は親切に見えるけど実は意見を押し付けたい人でいつのまにかマウントを取られてしんどいことがある。

他にも話しているといちいち比べてきたり、バカにしたり、自慢されたりと色んな場面でマウントを取られることがある。

マウントを取られている時の対処

気楽に生きたいなら、マウント(上下関係)のリングに上がらないこと。

マウントを取る人がいれば相手にしない&無視すること。

それでも執拗に粘着してくる相手には立ち向かって自分は相手の思い通りに行かない。という姿勢を見せること。(ブチ切れたり、不快なことを伝える、抗議する)

これらが徹底できればほぼほぼ避けられるはず。

マウントを取る取られるを辞めることで世界が変わる

マウントを取ること、取られることから抜け出す事でどんなに楽に生きられるか。

不快な気持ちにされることは圧倒的に減るでしょう。

見栄をはることもなくなるし、人と比べることもなくなる。

そうした後は、気持ちのいい人とだけ付き合えばいい。

見栄はマウントのもと

見栄は他人に対して張るものなので、これをしている時点で競争の中に自ら入っていく事になってしまう。

見栄を張るのも自信がないから。

自信がない自分を受け入れることから始めたらいいと思う。

見栄をはるのはチャレンジという言葉が当てはまる時だけ。自分の弱さに対してだけ立ち向かう見栄を張るようにしたい。

現実を受け入れる

結局はありのままの自分を受け入れられるか。

ダメな自分でいいという訳ではなく現状の何もない自分を肯定して全力で認めて、+-0にする。そこから進むことで見栄もマウントも取らずに済む。

現実世界にはマウントを取ろうとする人がたくさんいるので、その世界に引き戻されそうになり、他人と比べ自分をただ受け入れることが簡単ではない。

自分がマウントを辞めようが辞めまいが、大半の人間関係の中でマウントという概念がその場を支配していることも多いから。

また、今の日本の資本主義という状況は競争なので、そういった状況に常にさらされる状況では逃れることは難しいと思う。

しかし、自分の現状を受け入れ、マウントという癖から抜けることで自分のなかの競争心理がなくなり、いわゆる自分らしく生きられるヒントが得られるのではないかと思う。

自分には価値がないと思ったら、それは幻想で「存在するだけで価値がある」と定義しなおそう。

そして、自分からマウントの世界に戻らないように気を付けよう。

人と比べることを辞める

現実的な利益も無いのにマウントを取ろうとする人は、他人と比べて自分は劣っているという自信のなさから自分より弱い人を見つけて自我を保とうとしているように見える。

こんなことを繰り返しても何も変わらないので、初めに自分は弱くてすぐに他人と比べてしまう事を認め、受け入れる。

それが出来たら、いままで劣っていると感じていた差は「個体差の違い」として楽しむ。こうすることで上も下もなくなる。

それでもやっぱり、比べてしまう時はあるかもしれないけど、マイナスな気持ちに飲み込まれないことで元にもどれるはず。ありのままを受け入れよう。

しかし、最後に付け加えておく。

マウントとは結局、人がいての事なので付き合う相手を選ぶことも忘れずに。

あとは、ただ自分の人生を生きよう。自分から見栄を張ったり、人と比べてマウントの世界に戻らないように注意する。

めんどくさい奴はほっておいて、自分の為に時間をつかおう。

マウントについて考えたことでした。

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