自分は特別じゃない。たくさんの中の一人として自分を受け入れる

自分は何かを成し遂げる力がある。やればできる。

などと思っていても努力できないことありません?

それって、どこか自分自身を特別だと思っていて現実の自分と理想の自分に差があるということだと思います。

自己啓発本にはセルフイメージを高めてどうのこうのと書いてあるが、あれで成功するのはそもそも本当に能力がある人だけだと思う。

ほとんどの人間は凡人。自分も例外ではない。

しかし、自分も気付かないうちに自分を特別だと思ってしまってること。
あると思います。

僕自身、自分で何かを成し遂げる力があるのではと勘違いして多くのことに挑戦しては失敗しました。

チャレンジすることは決して間違った行動ではないはずですが、大切なことが欠けていたと思います。

それは、地に足が付いていないということ。すなわち、本来の自分を見失っているということ。

自分は特別という病気

あなたは自分自身を特別だと思うか?

そう聞かれて、「はい」と面と向かって言える人はそう多くないと思う。

しかし、個人的な目標があって達成できなかったという人は多くいるでしょう。

それは、自分を過信しすぎた=何か才能があると思っていたからだと思う。

そこには大小あれど自分を特別だと思う心理が働いている。

こう考えると自分は特別と思っている人が多くいる、またそのことすら気付いていない人がたくさんいると思う。

自分を哀れむのも同じこと

自分を特別と思うかと聞くと、

「自分が優れて特別だなんて思えるわけがない、いいとこが一つも見当たらないし、むしろマイナスでしかない。」

とかいう人が現れます。

しかし、マイナス面で自分を評価するということは、期待する未来と対比してこそ。自分は特別という気持ちの裏返しと取れる。

自己卑下してしまうのはマイナス面でアイデンティティを作ろうとしているようで、自分は特別だと思うよりも屈折しているように感じる。

特別になれなかった人が逆に悲劇のヒーローになろうとして特別感を出そうとしているような心理状態というか。

凡人(何もない自分)でいるよりも出来ない奴というという方が楽なんじゃないかと思える。

何者でもない自分に耐えられない

特別と自己卑下の真ん中。凡人でいるということに耐えられないから「自分は特別」または「自分はダメな人間だ」となるのだろう。

せっかく産まれてきたのに凡人ではいられない。

何か特別な能力があって、開花するのではないか。

そんな期待が、凡人にさせてくれない。

さらに、凡人だと生きている意味がないのではないか。

そんな風にさえ感じる。

実際、ほとんんどの人間は凡人。99%凡人。凡人を避けるとか不可避なことだと思った方がいい。

逃避行動

時には面白くない人生に刺激を求めたり、自覚が有る無しに関わらず何者かになろうと海外に自分探しに行ったりする人がいる 。(自分のことです^^;)

突飛な行動をして他と差別化を測るため、満たされないものを埋めるための逃避行動です。

本来、本当の自分とは外にはなく、自分の内側にあるものなのに。

何故、気付かないかというと本当の自分はとても小さく面白みのないもの=凡人だからだろう。もっと言うと気づきたくない姿だから。

認めることが出来ないが故に気付けない。

本当の自分に気づくとき

それでも、本当の自分に気付かざるを得ない場面がある。

それは、年齢や状況により自分の可能性に限界が見えた時。

自分の出来なさを認めるしかない。

自分は特別ではなく何者でもないということを。

そこで、受け止めきれず他のことで埋めようとすれば同じループの繰り返しになる。

凡人の喜び

実際に自分が凡人であることから逃げられない瞬間がきて、人生が灰色に見えるかと思いきや、特別な人間という心の荷物を捨てることができ、僕の場合はむしろ身軽になった。

そして、人を見下したり、マウントを取ろうと攻撃しようとしたりする気も無くなった。

大勢の中の一人として、生きて行く。

誰でも出来そうな仕事を自分がする。

そういうことを受け入れたら、楽になった。

ダサくていい、不完全でいい、みんなとたむろしてもいい、弱くていい。それが、凡人。

ブログでも他の誰かが書いたような似た文章を書いてみる。凡人としてたくさんの人のうちの一人という何でもない自分の位置から見えることをかく。

それが、大した意味がなくても実力であり現実。ただ受け入れる。

とはいえ、もちろん人生は諦めない。

凡人なりに考えてするのが大切。凡人万歳。

ここからどうするか、どうスタートするかが一番大切。

凡人とういう大勢の中の一人だからこその差別化

自分が特別と思っていれば大した努力をしなくてもワンチャンありそうな気がする。

しかし、自分が凡人で何の能力もなければ、努力なり何なりして大勢の中から自分を差別化する必要がある。(経済的、社会的に成功したい場合)

そういう点では凡人を認めると地に足のついた思考と努力ができるようになると思う。

天才は自然に他人と差別化できるけど凡人はそうはいかない。周りと比べて努力で際立つ必要がある。

だから、大勢の中にいて他と比べる。自分が入れそうな場所はないか、まだ空いている場所は?次に来そうな場所は?

そうして、楽に攻められるトコロを攻めていくことこそ、凡人の戦略と言えるのではないか。

さらに、時間は有限。一人で全ての場所にいることは出来ないのでここという場所を決め時間を投資、周りに差をつけて進むのが良い方法だと思う。

どうしても特別になりたい人へ

産まれながらにして人は特別な存在。これは本当だと思う。

親からみた子は特別。それが真実だと思う。

だから、皆んなの特別になるのではなく、特定の人の特別になろう。

付き合っている人からみた自分は特別。

相性のいい友達からみた自分は特別。

この位が現実的でいいと思う。実際そうだし。自然となっているものかもしれないけど。あとは、自分が納得するかしないか。

自分の周りにいてくれる人を大切にしよう。

まとめ

自分に万能感を感じたり、悲劇のヒーローめいた自己像を作っている人はできる限り早く抜け出した方がいい。

何度もいうがほとんどの人は凡人で世に名前を残すような特別なことは出来ない。

そのことに悩み続けるよりは、大したことも出来ない、大して不幸でもない自分を凡人と認める。

大勢に混ざって周りを見渡し、その中で他にも自分の代わりはいると知りながら空いている場所、得意な場所を見つけ自分が生き残れる場所を見つけてほしい。

そして、その中で努力という意味でも楽しむという意味でも地に足をつけて最高のパフォーマンスを発揮しよう。

現実離れしていない地に足の付いたその時になら満足して人生を歩めるはずです。

という、理想に取り憑かれた自分を卒業した忘備録として。

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